不 幸や不遇

勉強・読書の持つ意味というのは突き詰めれば、『自己の内部に世界と人間の普遍的な見取り図と持続的な思考力を持ち、主体的な生に責任と納得を持てる

(責任転嫁せずに投げ出したり腐ったりしない)ということ』に他ならない。
それは裏返せば社会で上手くいかないことや状況が悪化すること、他者との関わりで傷つくことがあっても、『社会・他者を恨まないこと闇金通報(自分が変 わったり認識を変えることで解決を導くこと)』につながり、自己の自由と他者の自由との黄金則に従った人生の王道を歩めるということを意味する。
それは勉強や読書が確率的にもたらすことのある実際的なベネフィットよりも人生全体では価値のあることだろう。
なぜなら、現象世界でどのような不 幸や不遇、裏切りがあっても、『世界・人間・社会の一般的原理を思考して伝達する主体としての自分+思考の軌跡や道具としての言語』を完全に失ってしまう ことは原理的に有り得ないからである。