講義のあと

教授の講義だったが、話を聞くうちに、これは、知多の船頭の話だと気が付いた。

といっても、重吉のことではない。

三浦綾子の「海嶺」という小説をご存知だろうか。
これは、やはり、知多出身の船乗りが遠州灘で難破し、長い漂流の後、カナダのフラッタリー岬に流れ着き、現地人に助けられたあと、ハドソンベイ・カンパニーのオレゴン・アストリア砦に送られ、英国を経由して、日本に送り届けられることになったが、途中で、ドイツ人宣教師、カール・ギュツラフ氏と出会い、ヨハネ伝の福音書の日本語訳を手伝った。
その聖書を持って、モリソン号で三浦沖に着いたが、当時は国内で開国の機運が高まり、幕府も外国船の来航に対して、特に神経質になっていたときで、大砲で撃たれ、退去を余儀なくされ、結局、その船乗りたちは日本へもどることは出来なかった。

というあらすじだ。
その船乗りは、音吉、岩吉、久吉で、三吉とも言われる。

そういう内容の講義を オレゴン州立大学の Stephen Kohl 教授から聞いたのである。
講義のあと、これは、うちの近くの船乗りのお話だと、教授に話したところ、大変、驚かれ、それを知ってる学生が来ているとは、思わなかったと言った。

僕は、
「このお話は日本ではあまり知られていない。 地元でもごく一部の人が知っているだけだ」
と、話すと、

「もっと、このことを日本で広めて欲しい」

と言われた。