今でも思う。

11月4日に半田運河で顕彰碑の除幕式があった。
先月、このことを聞いていたので、出かけることにしていた。

当日の朝、「きょう、何かあったよなあ」と思いながら、結局闇金相談思い出せないまま、翌日の中日新聞を見て、「これだった」ということになった。

さて、この顕彰碑はなんなのか。

銅で出来たプレートが顕彰碑なのだが、

「船頭重吉を顕彰する碑」

とある。

江戸時代の半田の船頭、重吉が江戸から帰る途中、遠州灘で遭難し、14人いた乗組員のうち、3人が生き残り、文化12年(1815年)サンタバーバラ沖で、英国の商船フォレスター号に救助されるまで、484日間も漂流していたのである。

この物語、学生時代に本で読んだことがある。
それは船頭重吉漂流記だ。

なぜ、この本を読むことになったのか。
1979年、れんぞうが通っていた、当時の大同工業大学と米国のオレゴン州立大学が姉妹校の提携を結ぶことになり、その調印式に参加したとき、二週間滞在した、中で、何度か、特別講義が開催された。
若いということは、脳も柔らかいのだなと、今でも思う。
講義の内容を覚えているのだ。

その講義のひとつに、オレゴンと日本の関係史があった。