主観的認知

自省も含めて、自己の判断や良心が導き出した「倫理的な善 悪」を実現する胆力というのは、なかなか身につけることが難しいと痛感します。
広義の傍観者問題は、「家族第一主義=縁故主義・身内重視主義」と密接に関わっていて、企業問題でいえば所属する企業の不正を内部告発した人間を 村八分にするような問題も当てはまることになるでしょう。

日本人は和を尊びますが、個人主義の欧米社会でもいじめは無数にありますし、かつての日本にも、 現代の日本以上に多くのいじめや差別の状況はあったと思います。

ただ、いじめというのは主観的認知に依拠しますから、同じように悪口やからかいを受けても『これは冗談だから、深く気にする必要はない』と認知すればいじめでなくなるし、教員から拳で殴られても、教員を尊敬しており判断に納得できれば暴力行為やいじめではなくなります。

大日本帝国時代の士官学校などでも、上官の部下に対するいじめや上級生が下級生に対して教練(しごき)と称した度を越えた体罰があったようです が、かつての日本では「身分や立場が上のものから・・・・・・